ユゼフ・ヴィルコン(その4)

前回の続きです。
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アンドリオリがそれを紹介したのですね。

ミツキェヴィチが表現したまさにそのままにやってのけたのです。アンドリオリは偉大な古典派の画家でした。しかし、いくらミツキェヴィチが上級クラスの画家のように行動しながら物を目立たせることができたからといって、アンドリオリは全て演劇調で約束事の身振りで描いたのです。それはかつて長所として通っていました。アンドリオリはそれで評価されていたのです。ミツキェヴィチの中では一瞬で、急激な動きのあるものを、アンドリオリは静止した場面に変えました。例えば、ヤンキェルのコンサートの場面です。彼をシンバルのそばに配置するなんてナンセンスですよ。何か別の手立てに逃げる必要があります。ヤンキェルのコンサートでは別のことを指していたのです。音楽の力を借りて、ポーランドの歴史を語ることができたのですよ。プラガの大殺戮、四年議会、自由の喪失。古典的な絵画はこれにうまく対処していません。
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今日は短くてすみませんm(_ _)m
次回はこのシリーズ最後になると思います。
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by poziomka-bajka | 2005-12-02 02:18 | 画家
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